島崎藤村に「家」という小説があります。木曽山中の名家の人々が没落していく様を描いたものなのですが、なかなか面白い小説であります。木曽山中で名の知れた豪商の兄弟姉妹五人のうち長女と四男を中心に物語が進んでいくのですが、長男の事業の失敗や次男の病気、長女の嫁ぎ先が没落していくなど不幸な出来事が次々に去来していきます。そんな中、主人公の一人である四男は結婚し、子ども三人に恵まれ貧しいながらも幸せな家庭を築いていきそうな、希望を抱かせる内容で上巻は終わりを迎えるのです。
が、下巻の冒頭で幸せの象徴であるような三人の子どもたちは全員亡くなってしまいます。しかも、長男が二度目の逮捕、刑務所へ収監されてしまいます。明治、大正という時代背景の必ずしも一足飛びに豊かな社会が形成された訳ではないという事情がよくうかがえます。
しかし、こうも不幸な出来事の羅列が続くと読み手としてもだんだん気が滅入ってきてしまいます。ページをめくる度に次はどんな不幸な出来事がやって来るのか、心の準備が必要になってしまいます。ですが、その中にほんの少しだけ訪れる幸せの瞬間、人々の営みなどがより一層輝いて印象的に捉えられるのも事実です。もちろんそれは作者のテクニックであるのでしょうが、それにまんまとはまってページを繰るのも悪くありません。
特に日常の生活でも暗い話題に圧迫されていますので、小説の中ででも些細な幸福があれば、何となく癒やされるような気持ちになります。                                    吉川