夏目漱石の「坑夫」という小説を読んだことがありますか?私もだいぶ前に読んだので内容は明確ではないのですが、主人公の若い男が日常に嫌気がさして出奔し、通りすがりの職業斡旋係の男に炭坑勤めを勧められ炭坑に連れられて行くといった内容の話なのですが、当時の炭坑事情というか炭坑労働がどういうものであったかを知る上で大変興味深く読んだことを記憶しています。
後日、夏目漱石の奥さんである夏目鏡子さんが著した「漱石の思い出」という随筆を読んだ際にこの「坑夫」のまつわるエピソードを知りました。上述したとおり当時の炭坑労働事情が細かく描かれているのですが、もちろん漱石自身の取材力もあるのでしょうが、情報を提供した元坑夫なる人物がその随筆の中に登場してきます。しばらく書生として漱石の家に厄介になっていたようなのですが、後日この書生が今で言うところの週刊誌に漱石の生活ぶりやネタを供給したことへの謝礼が無いなどの不平を訴えて当時話題となったそうです。
奥さんの話では元々自分の方から漱石の元に弟子として志願してきたとあります。今でも弟子を採るという風習は専門的な職業では一部残っているようですが、この時代のおおらかさというのかルーズな感じにはいささか驚かされます。結局幾ばくかのお金を渡して出て行ってもらったらしいのですが、何とも後味の悪い思いを漱石はしたのではないでしょうか。
そんな事を知ってまたこの「坑夫」という小説を読んでみると面白いかもしれません。作品の成立背景などを味わうのも読書の醍醐味の一つではないでしょうか。