有終の美

 スポーツの世界では、勝利を目指して何年間も練習に練習を積み重ねてきたにもかかわらず、もう一歩のところでくじけたり、あるいは不運に遭遇して手のひらから勝利をこぼれ落とすことがあります。
 スポーツに限らず、芸術の世界でも、あるいはビジネスの世界でも、最後の最後でビッグチャンスを逃すことはあります。受験でもそうです。

 受験ではスポーツや芸術、あるいはビジネスなどのように、優勝するか、金賞をとるか、契約を勝ち取るかといった、たった一つのポストを争うものではなく、受かるか落ちるかの二つに一つのどちらかに入るかによって勝敗が決まります。その意味では、受験は他の分野と比べれば、ある意味楽なものです。しかしそれでも、受験の世界にも勝利の女神はいるのです。
 私はこれまで個人的に多くの受験を経験してきました。そのすべてに勝利したわけではありません。しかし決定的な場面では勝利の女神が私にほほえんでくれました。一方で、私の周りにいて私よりも優秀だった友人、知人のすべてが必ずしも私よりも良い結果を出したわけではありませんでした。データの上では受験に成功するはずの人が土壇場で失敗してしまう。こんな私の周りにいた友人や知人と見比べながら、この40年間、毎年受験生を見ています。むろん、そうならないように願いつつです。

 最終的な局面で受験に失敗する人には、二つのタイプがあるように思います。一つは、自己満足派です。「敵を知り、己を知れば、百戦して殆うからず」と孫子の兵法にあります。自己満足派は、己を知ってはいるけれど敵を知らない人、目に見えないライバルがどれだけ近づいているかを知らず、過去の成績で満足している人です。「もう大丈夫だ」と判断するには、まだまだ時間がありすぎます。そうしている時間にもライバルたちはあなたに猛迫しているのです。今年の受験生に照らし合わせてみると、このタイプに入るのは中学受験コース女子の一部と中3男子の一部です。私の目には、彼らは最後に泣きを見るかも知れない、極めて危険な立場にあるように映ります。
 もう一つは、いまだに危機意識を持たずにいる安穏派です。三国志に登場する武将韓信は「背水の陣」を組み、部下に退路を断たせました。勝利の可能性の少ない戦いでも、背水の陣で臨めば自ずと勝機は訪れます。それもせずに、なんとかなるだろうと思ってまともに受験勉強もしないのであれば、それは確実に不合格=敗北への道を自らまっしぐらに進んでいるようなものです。この講習会で始めて担当した公立受検コースの生徒にはこのようなふがいなさを感じます。

 以上の二つのタイプは、いわば反面教師です。考えようによってはまだまだ時間は十分残されています。この拙文を読んで感じてくれることのあった受験生は、今すぐに考えを改めることです。そして、志望校の合格に向けて脇目もふらずに邁進することです。最後の最後まで気を抜かずに合格に向けて頑張り通した人にのみ、勝利の女神はほほえむのです。最後の最後の最後に勝つ者が勝利者です。これを有終の美を飾ると言います。