寂しいものです

 久し振りに夏目漱石の「吾輩は猫である」を読んでいます。文芸的な批評など私には出来ませんが、全般を通してのシニカルな世界は私にとって非常に心地よく感じられます。漱石自身がモデルとなっている苦沙弥先生や寺田寅彦の寒月君など自身の著述では伺えしれない人物像がそこにはあるように思われます。当時の世相を読み取ることもとても楽しい作業です。猫仲間であるクロ君の飼い主は車夫であったり、二絃琴の師匠に飼われている三毛子など現在ではあまり聞き慣れない職業などが当時一般的であったことなど何とも面白いものです。
 先にも触れましたが、漱石自身が同じく漱石の投影であるネコを通して自虐的に表現されているその滑稽さは何回読んでも笑いを禁じ得ません。客観的な自己分析の上に主観的な感想を織り交ぜていくその筆致には時代を感じさせない普遍的な価値があるのではないでしょうか。
 このような小説が大学入試から外されていく傾向にあるという記事を何かで読みました。論説文がその主流となっていくようです。社会人として通用する、より実利的というのでしょうか、そのような人間の育成を目指すという社会の流れは現在の少子高齢化の社会では致し方ない事なのかもしれません。ですが人間であることの情緒や感情といったものの入る余地のない社会や人間とはどういったものなのでしょうか。私には少し不安が残ります。
 幸いまだ私立中学入試や高校入試では文学的文章にも重きを置いて判断がなされているようです。そんな時代になりつつあるのであればこそ、子どもたちには読書の習慣を持って貰いたいところです。