SHOSHINで学ぶ生徒の皆さんへ④ いつまでも人に頼っていてはいけない 

 皆さんには親友はいますか? 本当に心を許しあえる友達はいいものですよね。武者小路実篤の小説に『友情』という作品があります。中学生なら読んだ人もいることでしょう。歴史上の人物の中にも、親友と思われる人間関係が見られます。石田三成と直江兼続、西郷隆盛と大久保利通などがその例といえましょうか。仲の良い兄弟ならば、お互いに尊敬し合うことが出来るでしょう。そして、何と言ってもここまで育ててくれた親。皆さんにとって最も頼りに出来る存在でしょう。でも、いつかは離れなければならない人たちです。いつまでも当てにしているわけにはいきません。

4.いつまでも人に頼っていてはいけない
 こんな私にも親友はいました。私は北海道で生まれ育ったため、北海道から遠い神奈川に昔の友はいません。私よりはるかに優秀だった友の中には、若くしてこの世を去った人達もいます。小さい頃は仲が良かったとしても、お互い生活環境や社会環境が変われば、だんだんと遠ざかってしまいます。人並みに親もいましたが、両親とももうずいぶん昔に他界しています。どんな人間も、年をとっていけば頼れる人はだんだんと離れていきます。いつまでも人に頼ってはいられなくなるのです。
 「自立」あるいは「自律」を教育の理念に掲げる私学があります。親であれ親友であれ、いつかは別れなければならなくなる時期が来ます。いつまでも頼っていてはいられません。若いうちに「自己を確立し自分を律する」人間に成長すべきであるとの考えであろうと思います。まったく同感です。
 自立した人間とは、しっかりした自分の考えを持ち、その考えに責任を持てる人間のことでしょう。学生のうちは経済的自立を要求することは困難なので、この場合の自立とは、あくまでも精神的、形而上的な自立と言うことになりましょう。自律できる人間とは、いかなる場合も冷静に的確な判断を下し、ひるまぬ心を持つ人間のことでしょう。このような人間になるためには、学問を修める必要があります。この場合の学問とは、単なる学業をこえた、より広い世界からの知恵の習得です。そのためには、様々な経験を積まなければなりません。このような過程を経て、「自立」あるいは「自律」した人間が形成されるのです。
 多くの経験を経て、誰にも頼ることなく自ら考えて結論を示し、それを表現できる人間こそが、未来を担うことのできる人間です。そして、世の中はこのような人間の出現を望んでいるのです。
 これに加えて、私が皆さんに望みたい願いはもう一つあります。
 大塩平八郎が学んだ陽明学の理念に「知行合一」があります。ただ知識として身に修めるだけでは片手落ちである。そのことを行動として実現しなければならないというのが陽明学の教えです。現に、大塩平八郎は貧民救済のために幕府に対して反乱を起こしました。
 いうまでもなく、私は皆さんに国家に対して反乱を起こしてもらいたいと言っているのではありません。しかし、「素晴らしい考え」であり、「まさしく正義」であると誰もが認めたとしても、行動しなければそれは画餅にすぎません。大塩は行動しました。同じ陽明学を修めた吉田松陰先生も、西郷隆盛も行動しました。自分の考えが正義であると考えるなら、敵が百万人たりとも我行かん。名声のためでもなく、むろん金のためでもなく、世のため人のために自己の正義を貫く意志を持って行動する、そんな人間がSHOSHIN生から現れてきたら、どんなに嬉しく誇らしいことでしょう。

 先週はつぼみだったSHOSHINビルの桃の木「照手姫」が、今はもうきれいなピンクの花を咲かせています。桃と同時に桜もあちらこちらで花を咲かせました。春ですね。キャンディーズのように、ちょっと気取ることはできないけれども、それでも年甲斐もなくウキウキとした気分で新しいスタートを待ちわびる気持ちでいっぱいです。