SHOSHINで学ぶ生徒の皆さんへ③ 好きなことだけをすれば良いというわけにはいかない

 「個性を生かす」とか「個性を伸ばす」との発言を教育の世界でよく耳にします。私は、この発言はどうもしっくりと理解できません。個性っていったいなんでしょう。個性はいつ、どのようにして備わるのでしょうか。生まれたときから個性があるとすれば、それはすべて伸ばすべき良い個性なのでしょうか。私は、人の個性とは、社会の中で削り、加え、磨き上げて形成されるものだと思っています。

3.好きなことだけをすれば良いというわけにはいかない
 一見、もの分かりの良いおとうさんの中に「子供は好きなことだけやっていればそれでいいんだ」的なことを言う人がいます。本当にこのように生活して、人間関係も何もかもすべてうまくいくことが出来るならば、何の苦労もいりません。
 誰が考えたって、好きなことだけやって勉強を始め嫌いなことは一切避け、それでいて順調に学歴を重ね、社会人となって平穏な人生を送ることなど出来るわけがありません。世の中、そんなに甘くはありません。
 好きなことをやるのは結構なことです。しかし、好きなことばかりをやっていると、やがて何らかの副作用が生じます。好きだからといってハンバーガーばかり食べていたら、やがてメタボ人間になり、糖尿病を発症するかもしれません。苦手でも野菜や魚を食べることも大切です。
嫌いだったものが、やっていくうちに好きになっていく場合もあります。そんな経験のひとつやふたつは、誰もが持っているのではないでしょうか。ですから、最初から好きではないからと決めつけて手をつけないでいるのはもったいない限りです。若いうちは、どんなことにも挑戦する意気込みが必要です。その中から、本当に自分がやりたいこと、自分の個性を形作っていく道が見つかると思うのです。自分の進むべき道が定まれば、後は迷わずその道を進むことです。その中で、つらいことや苦しいことにも突き当たるでしょう。そのとき、我慢すること、辛抱することを学びます。今の若者は我慢することが出来ない、とよく言われます。それは、「好きなことをしなさい」とか「個性を生かそう」などと子供の良き理解者ぶった無責任な大人がいるからです。
 持って生まれた個性というものがあるならば、そんなものはたたきつぶせばいい。努力して、苦労して、辛抱した中で自分の中に身についたものこそ、個性であると私は思います。生徒の皆さんには、自分の進むべき道を勉強をする中で見つけ、我が道を懸命に歩む、土佐でいう「いごっそう」的人間となってくれることを望んでいます。

 先週花を咲かせた沈丁花に続き、ピンクの花が見事な桃の木「照手姫」がつぼみを膨らませています。撤去前には見事な花を咲かせてくれるでしょう。このビルを去る私とSHOSHINにさよならの手を振る準備をしてくれているようです。沈丁花と照手姫の間にある、大きく育った金木犀は、すずめたちの格好の遊び場になっています。