幼児教育は実はかなり大切なのでは

 最近、ちょっとしたきっかけから小学校入学前の幼児への教育に関心を持っています。幼児教育の重要性については、例えば将棋の藤井聡太四段が幼児期に受けたと言われているモンテッソーリ教育が注目されるなど、今も世の親の高い関心を集めています。
 しかしながら、関心の高さの割には今の父親、母親の子どもへの教育は一昔前よりも衰退しているのではないか、どうもこのように思われて仕方がないのです。
 核家族化や共稼ぎ家庭の増加などがその社会的背景としてあるのかも知れません。あるいは世の中が豊かになり生活に余裕が出来てきたことも関係しているのかも知れません。いずれにしても、子どもに甘い親が増えてきたように思われるのです。
 かつては、どの家庭でも父親と言えば寡黙で怖い存在でした。今は子どもと一緒に遊ぶお兄さん的父親像が一般的になりつつあるのではないでしょうか。このことが良くないと言うことではありません。ただ、子どもかわいさから「子どもは元気に遊んでいれば良い。小さいうちは好きなことをやっていればそれで良い。」と考え、しつけや教育を後まわしにすることはないでしょうか。
 私は、人間の魅力とは、最終的には読書量によるものと考えています。とすれば、本に親しむ年齢は早ければ早いほど良く、遅くなればなるほど子どもの将来に決定的なマイナスの影響を及ぼすことになります。
 読書開始年齢の差は学業にも大きく影響します。入学前に、せめてひらがなだけでもすらすら読み書きできれば、活字に接する機会は断然早まります。一方で、1年生になっても、2年生になっても、たどたどしい読みしか出来ない子は、国語のみならず算数や他の教科も理解できないままに時間だけが過ぎていきます。
 このタイムラグは極めて大きいと言えます。読み書きの学習が遅れた子どもは、やがて勉強そのものが嫌いになり、読書からも遠ざかってしまう可能性が高いと言えます。友人関係にも影響を与えることになるかもしれません。
 子どもには好きなことをさせてのびのびと育てようとの親心が、結果として子どもの将来に大きな禍根を残すことにもなりかねません。

 幼児教育は子どもの将来にとって実はかなり大切なのではないか、つまり最近、こんなことを考えているわけです。
 このブログをお読みの方の多くは、既に幼児教育の時期を終えられた方々でしょう。「もう遅い」と思われるかも知れません。私も小学高学年以上の子どもに勉強を教える立場にあります。その意味では、幼児教育とは無縁の存在とも言えます。それでも、スタートにつまずいた子へのフォロー、あるいは上手に滑り出すことが出来た子へのより一層のバックアップを行うことが自分の仕事の一つなのかなと、今までとは違った角度から自分の役割をぼんやりと考えている昨今です。