平等

先日、ある本を読んでいたら、ふだんよく考える「平等」という言葉に大きな違いがあることに気づきました。
「そんなの不公平だよ。もっと平等にしてくれないと」
よく聞く話です。家庭でも、学校でも、職場でも、いや世の中全体を考える場合にも、この不平等感はつきものです。歴史的に見ても、この不平等感から逃れることは大きな悲願でした。そのためにどれだけ多くの血を流してきたことか。まさにこの不平等感は、私たち人間の宿願だったのです。
ところで、社会の教科書などを読んでいると、「平等」とは、それまで低い身分や財産に甘んじていた者が、より高い水準を求めて叫ぶ訴えでした。今でも、いろいろな場所で、より公平な扱いを要求してこの平等感が叫ばれています。
でも、最近、こんな平等意識が目立ちます。「みんな平等に」といって、身分や財産などを逆に低い水準に押し戻そうという平等感です。たしかに、こういった考えは昔もありました。貧しい生徒のためにクラス全体の活動を制限したりしたのがその例です。でも、このマイナスの平等感、当時はそれほど気になりませんでした。
それがどうして、最近、急にみんな気になりだしたのでしょう。それは、この上から目線の平等感に、みんな格差社会のからくりを感じているからなのではないでしょうか。持てる者が、みんな平等にと言っても、あまり説得力がありません。みんなが真摯な態度で平等について話し合えるような世の中は、やがてやってくるのでしょうか。