Daily Archives: 2018年4月20日

面倒くさい

 6年生ではあまり聞かなくなった「面倒くさい」というワードなのですが、学年が下るに応じて、少なからず発せられるように思われます。この「面倒くさい」はどのような心境から発せられる言葉なのでしょうか。自分が当事者として、やらなければならない、そこそこの強制力をもった事象に対して気持ちが追いつかないような状況において発せられる言葉のような気がします。ただし、この場合はその事象に対して当事者が解決できる能力を有しているということが前提となります。ですから、いついつまでに部屋の掃除をするという約束事があった場合、雑巾を絞る、掃除機をかける、ゴミを片付けるといった個々の作業についての能力を持っていながら、いざ、作業をするとなった場合に、これから要する時間や手間を考え行動に移せないといったことなのでしょう。
 では、低学年に見られる「面倒くさい」はどうなのでしょう。先の掃除の例で言えば、雑巾を絞る、掃除機をかける、ゴミを片付けるといった個々の作業において、その能力を有して無いといったことが言えるのではないでしょうか。「やればできるけれどもやらない」ではなく「やってもできない、わからないからやらない」といったことなのではないのでしょうか。もし、そうなのであれば、このサインは見逃せません。もちろん単純に遊びたい、テレビを見たいなど勉強に充てる時間を惜しんでの言葉である可能性もあります。周りの大人はその言葉の真意を見極める必要があります。もし、前者の意味で「面倒くさい」が発せられていると分かったときには、大人として何らかの手段を講じる必要があるのではないでしょうか。