Daily Archives: 2018年2月21日

忘れな草をあなたに

 前回の「まりもの唄」に続き、今回は「忘れな草をあなたに」。なにか「哀愁の叙情歌シリーズ」めいてきましたね。昭和39年リリースの歌だそうです。

       ♪別れても別れても 心の奥に
          いつまでも いつまでも
           憶(おぼ)えておいて ほしいから

 恋人との別れの歌なのでしょうか。
 失恋ならずとも人生には別れがつきものです。卒業、移転、退職、そして死。いろいろな場面で人は多くの別れに遭遇します。私もこれまでに多くの別れを経験してきました。その都度、この歌のように「わたしのこと、わすれないでね」と私にささやいた女性は何百人、いや、何千人いたことか・・・ ?!。
 別れても自分のことをずっと覚えていて欲しいと願う人は大勢いると思います。これは個人の感性の問題で、そのことの是非を論ずるつもりはありません。私はというと、別れた後は自分のようなろくでもない人間のことはさっさと忘れて欲しいと思っています。どうして忘れないで欲しいと思うのか、その気持ちが私には分かりません。「忘れて草」というものがあるのなら、それをあげたいくらいです。
 私は同窓会の類いが嫌いで、ほとんど参加したことがありません。そこでの会話を一言で言えば「むかしはよかった」に尽きます。楽しかった昔を振り返ってどうなるんだ、と思います。私に楽しかった昔が無かったせいなのかも知れません。しかし、昔を焦がれるよりも、今をどうするか、あるいは明日をどう生きるか、これがこれまでの私の課題であり、今もそうです。具体的には、会社の資金繰りをどうするか、A君を志望校に合格させるには何が必要か、Bさんの算数の成績を上げるにはどう指導するのが最適か、こんなことが長い間、私の興味の対象でした。
 私は歴史が大好きで、毎日毎日歴史の本を読まない日とてありません。過去を振り返らないといいながら、過去を学ぶのは矛盾するのではないかと思われるかも知れませんが、そうではありません。歴史とは、過去を学び、それを現在および将来に活かすための学問だと私は思っています。その意味で歴史、特に日本史を学ぶことはとても大切なことだと思います。
 さて、「忘れな草」の季節が到来します。今年もSHOSHINから小学6年生と中学3年生が卒業し、新しいスタートを切ります。恐らくはイヤな思い出しかないであろう私のことなどさっさと忘れて、輝かしい未来に向かって大きく羽ばたいてもらいたいと願っています。