Daily Archives: 2017年6月28日

「ようなゲーム」-2

 遅ればせながら私も遠藤周作氏の助言により、今まで以上に「ようなゲーム」に取り組んでいます。しかし、これがむずかしい。私のような凡人には、名詞にぴったりする修飾語がなかなか思い浮かばないのです。それでも少しずつ考えて、やがてこのブログにも「ような」言葉を登場させたいと思います。もしもそんな言葉を見つけましたら、「奴め、やってるな」と思ってください。
 それにしても、作家とはすごいものです。特にすごいと私が思う作家は、夏目漱石と司馬遼太郎さんです。漱石の小説の中にはあふれるほどの修飾言葉が入っていて、そのことに感心しているとストーリーを忘れてしまうほどです。司馬さんは、おそらく何も考えないでもあふれるように修飾言葉が出てくる天才ではないかと思うほどです。例えば、最近読んだ「戦車」についてのエッセーの中にも、第二次世界大戦中の日本の戦車を「日本の源平合戦の甲冑(かっちゅう)武者のように」格好だけは堂々としていたオモチャ、と表現したり、「ちょうど五頭身で出っ尻のおばさんが一反風呂敷の荷物を背負って山坂を歩いているような」かっこうの戦車、などと書いています。いったい、どこからこのような表現が出てくるのかと、不思議さを通り越してしまいます。
 実は私にも、自分にしてはなかなかしっくりきたと思える形容言葉を使ったことがあります。十年ほど前に『おかあさんの算数教室』という本を出したことがあります。この本で、小学生に方程式を教えることには無理があることを次のように書きました。
 (小学生に方程式を教えることは)「ネコ踏んじゃったも弾けないお父さんがショパンを弾こうとするようなもの」だ。
 今でも結構気に入ってはいますが、でもこの一つだけです。十年で一つです。漱石のように、一行の中に一つの形容言葉が入る文章と比べれば、大きなどころではない違いです。
 小学生、中学生の皆さん、司馬さんのように一つの名詞を自分自身の言葉で表現することって、面白そうだなと思いませんか?ちょっと気がついた表現をノートに綴るようにすれば、それは将来、文章を書く上でとても大きな財産になります。ぜひ実践してみてください。私も、少しはましな文章が書けるように、将来に向けて「ようなゲーム」を続けていこうと思っています。